関西ソニョシデ学園

過去に生きるK-Popのブログ

第107話 たこ焼き姫

はじめは日本人かと思った。


少し肌の浅黒い女の子だった。
初めて来た時、しばらくこちらの様子を見ていたが、目が合うと覚悟を決めたように指を一本立てた。
1パックと言うことだ。
僕が焼き始めるとじっと作業を見ている。
普通の客は焼き上がるまで、あっちを見たりこっちを見たり。こんなに焼き器を凝視めたりはしないもんだ。
変な娘だな、と思いながらソースを塗ってカツオを振りかける。
「へい、お待ち!」
そう言ってパックを差し出すと、女の子は財布を取り出した。
「450円ね」
「ヨンヒャクゥ…ゴジュエン」
口の中でもごもご繰り返しながら、財布に中の小銭を拾っている。
僕はその時、彼女が日本人じゃないことに気付いた。そして、とてもきれいな女の子だってことにも。
「またよろしくね」
「ハイ、オイシカッタラァ、マタキマスヨ」
女の子はたこ焼きのパックを幸せそうに胸に抱えて公園の反対側に去っていった。


それからほぼ毎日、彼女は僕の屋台にたこ焼きを買いに来た。気に入ってくれたようだ。
時間はまちまちだった。
昼過ぎに来ることがあれば、夜になることもあった。
来ればいつもニコニコとたこ焼きが焼き上がるのを見ている。
串の先でクルクルとたこ焼きを回すと、歓声を上げて喜ぶ。
ソースをかけると、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草をする。
時には疲れているのか、スイッチが切れたように動かないときもある。
そんな時でも、たこ焼きを渡すとパッっと電気がついたように笑顔になった。
どんな仕草も僕には可愛らしく思えた。
焼いている間、少しずつ話を交わすようになった。
彼女は韓国人だと言う。名前はユリ。
この公園の近くに宿泊先があるのだそうだ。
詳しくはわからないが、どうもクラブかなにかで歌う仕事をしているらしい。
彼女を見たことがない僕の仲間は、デリヘル嬢じゃないかとからかうが、彼女に限ってそんなはずはない。
日陰商売の女がこんな太陽のように笑う訳がない。


彼女が来ない日はなんだか寂しい。
心の中にすきま風が吹いているような気持ちになる。
来ない時には、夜中まで店を仕舞わないで待つこともしばしだ。
焼きたてを食べて欲しいから、保温庫に焼き置きがあっても、必ず焼いて渡すことにした。
そうすると、焼き上がるまでの時間、彼女の笑顔を見ていられる。
ある日、彼女が友達を連れて来た。
「キノウ、コレナカッタカラァ、キョウハミンナデキマシタ。タクサンカイマスヨ」
友達もみんなビックリするほど可愛い娘ばかりだった。
早口の韓国語で冗談を言い合いながら、たこ焼きが焼けるのを待っている。
屋台の周りが公園の花壇になったようだった。
ここで商売を始めて以来、こんなに幸せを感じたことはない。


次の日、屋台を引いて公園に行くと、彼女が先に来ていた。
「カンコクニ、カエルコトニナリマシタ」悲しそうな声で言った。
「ユリさん…」
「マタ、スグモドッテキマス。デモ、シバラクオワカレデス」
そう言うと、彼女はぎゅっと僕を抱きしめた。
「セッカクナカヨクナレタノニ、ザンネンデス。タコヤキモタベレナクテ、ザンネンデス」
僕もこらえていた感情を抑えられなくなって、彼女を抱き返した。
「今度は僕が韓国にたこ焼きを焼きに行くよ」
「ウフフ、ソウデスネ。イツマデモマッテマス」
ユリは僕を離すと、どこからかマフラーを取り出して僕の首に巻き付けた。
「コレカラサムクナリマス。カゼヲヒカナイヨウニ、キヲツケテ」
「ありがとう」
彼女は、もう一度僕をぎゅっと抱きしめた。
「サヨナラはらぼじ。サヨナラ」
そして彼女は去っていった。


ユリ「Hoot…(溜息)」
ソニ「どないしたん? またたこ焼き屋のこと考えとるんか」
ユリ「はあ、あっこがいっちゃん美味かったのになぁ。食いたいなぁ」
ヒョヨン「自分のこと”ボク”てゆう変なじいちゃんの屋台か?」
ソニ「日本離れるときマフラーまで買うてやったんやて」
ユナ「ええっ、それはオヤスクないやんか。ひゅーひゅー」
ユリ「家の犬によお似とったからな、つい。
  それにのたれ死にされたらもうあんな美味いたこ焼き食えへんし。
  ああ、ハラボジー、たこ焼きもって逢いに来て」
ソニ「アホや」